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2010年8月29日 (日)

出穂!

Img_1450_nm 出穂しました。

耕さず、肥料農薬は使わず、虫や草を敵としない。

それでも穂が出てくれました。

常識というものがあります。

「米作りの常識」
田んぼはよく耕し、代掻きを丁寧に行い、元肥をやり、除草剤をまき、追肥をやり、害虫防除する(農薬をまく)。

「良き社会人としての常識」
綿密な計画を立て、日々目標に向かって毎日よく働き、夢を実現するためにコツコツ努力する。将来の自由のためには今を犠牲にする必要がある。

別に良い悪いではなく、「常識」を「真理」と勘違いすると窮屈です。それは一人ひとりの選択でしかない。
「それ以外に道はない。それが絶対に正しい。」
そんなに思いこまなくても、だれかに証明しようとしたり認めてもらおうとしなくとも、私たちは自分の思った通りに生きていいんだと思うんです。

どんな生き方をしようとも全ての人の価値は同じ。完璧な命。完璧な魂。そして完璧な役者。

2010年8月22日 (日)

意識の焦点

Img_1270_bn右の写真、なんの写真でしょうか?

稲の葉、カヤツリ草の葉、イトトンボ。

焦点の合わせ方で違うものが見えてきます。

僕の最近の意識の焦点は、「自分」。

引っ越してきてなんとか自分を取り巻く環境をコントロールしよう、と思ってきたけど、今僕の向うべき焦点は「自分」。

 「自分」が変わると 環境は勝手に変わっていく。

それよりもまず「自分とは何か?」に意識を合わせていたい。「自分とは何か?」ってすごく面白い。

「環境を変えるために自分を変える。」「願望実現のために。」ではなく、純粋に意識が自分に向かうと、とってもおもしろいことが結果として起き始める。

「自分が自分だと思ってる自分」のまあなんといいかげんなこと。とんでもないレッテルを張ったもんだと、我ながらびっくりする。

「自分」の本当の姿をあなたは何だと思いますか?

2010年8月11日 (水)

100%他力

Img_1262_bさて、「100%他力」について。

起きてくることすべて、受け入れながら観照できるということを100%他力というんじゃないかな?

当然『私」は消滅してます。

「私」という感覚も観照している。

100%自力・・・・すべて内側で起きている。100%他力・・・・すべて外側で起きている。

両方の境地に同時に立つとどうなるか?

福岡さんは「何も無い」と言いましたけど、川口さんは「すべて在る」と言ってたなあ。

またある人は、「内側と外側がひっくり返る時代がやってきた」とも言ってます。

ま、なにはともあれ、わくわくします。

2010年8月10日 (火)

100%自力 100%他力

去年川口さんと愛媛大学で3日間ご一緒した時、Img_1261_a 「100%自力 100%他力」について少し掘り下げてお話ししていただく機会を持てた。

「あなたのようなタイプは 『 100%自力』をしっかり感じてみるといいですわ。」

「100%自力」ですから、全部自分のせいなんです。

全部自分が創造した。

この稲の美しさは、自分の心の中の美しさを見ている。

人間関係も同じ。究極の『一人 ごっこ遊び』。

3歳の娘が、たった一人で、シルバニアファミリーで遊んでいるのを見て思った。

全ては自分の脳内スクリーンに映し出された映像。究極の『一人 ごっこ遊び』。

悪玉、善玉、色々いないと面白くないんだよねー。歌舞伎座で働いてたからよくわかる。

さて、じゃあ「100%他力」ってどんな感じ?

「100%自力」と同じ状態らしいんですけど。

2010年8月 1日 (日)

理不尽

Img_1210_n 僕はこの田んぼがとても好きです。

「手をかければかけるほど、応えてくれる。」

ある意味正解ですけど、ある意味不正解。

手をかけたいけど、ぐっとこらえて、何もしない時もある。と同時に、なぜ手をかけたくなったか、自分の内側に意識を向ける。

見栄えが悪いから、草とっちゃうか・・・。

こういうときはぐっと堪える。

さてこんなに好きな田んぼに、たまに理不尽としか言いようのない事件が起きる。

不耕起でだんだん土が元気になってきたころイノシシに徹底的に耕されちゃうとか。

こういうときは、素直に打ちひしがれる。

自分の中にまかれた種が実っただけだから。その果実をしっかりと味わう。

何故こんな理不尽なことが起きたんだろう。

この疑問をできるだけ長く持ち続ける。安易な答えで、せっかく心の闇から浮かび上がってきた感情、エネルギーをまた押し込めてしまったりしない。しっかり味わう。

引っ越してきたころは、頻繁に起こっていた理不尽も、最近少なくなりました。

2010年7月26日 (月)

自然農のこども

Img_1181_c 夏本番。どんどん成長してます。

耕さず、肥料農薬は使わず、虫や草を敵としない。

それでもこんなに元気に育ってます。

いやだからこそこんなに元気に育ってます。

Img_1182_c・ ぼくたち人間にとって、耕さないとはどういうことか?

過去を断ち切らないとはどういうことか?

(耕すとゼロからのスタートだからね。)

・肥料農薬を使わない。

無駄な薬や、栄養剤は使わない。

・虫や草を敵としない。

自然の中でたくましく生きる。

Img_1174_c さて、我が娘。

自然農の子供。

ものすごく元気でたくましいことだけは確か。

2010年7月22日 (木)

復活!!

Img_1108_mk このへん(内子町石畳)の田んぼではほとんど見かけなくなったタニシ。

僕の田んぼで・・・・・復活!!

同じ移住者仲間の、M君、Oさんの無農薬たんぼでも・・・・・・・・・復活!!

仲間が増えるのっていいねー。Img_1110_mk

ゲンゴローも元気だ!

田んぼで生きてるコイツラと、僕の違いってそんなに大きなもんじゃなくて、

淡々と、ただひたすら・・・っImg_1104_mkてとこでは負けてるなあ。

                   

この田んぼの中にどれくらいの命があるんだろう。

僕の命はその中の一つ。特別だけど、特別じゃない。

生まれて、育って、生み出して、死んでいく。

繰り返し。

何千年も、ずっと昔から変わらない繰り返し。

2010年7月16日 (金)

少しづつ

Img_1097_n 僕がつらつらとごたくを書いているうちに田んぼは少しづつしっかりと変化していきます。

わかります?

この優しさ。 力強さ。

淡々と、しかし着実に。

今日は、この田んぼの中で沈黙を楽しみました。

2010年7月15日 (木)

生命力

Img_1098 生命力。僕たちは生きています。

生きるために必要な力。生きて活動するために必要なエネルギー。大きく3つに分けられると思う。

食物から得るエネルギー(地)

人から得るエネルギー(人)

自然から直接得るエネルギー(天)

ほんとは古い中国の書物に書かれてたらしいけど。とっても判りやすいわけ方だよね。

どれかに偏るとやっぱりバランスを崩すらしいです。

さて自然農のお米。とんでもない生命力だと思う。だってこのお米が育つのにかかわってる命の種類と量がハンパじゃないから。

自然農の田畑で誰かと作業すると、とっても楽しい。時間がゆったりするから。

自然農の田んぼはとっても美しい。美しさは、自然から直接得られるエネルギーを代表するものだと思う。

ということで、自然農の田んぼに行って、今日も元気になってしまいました。

2010年7月12日 (月)

不耕起

Img_1066_k 「不耕起」

耕さないことです。

自然農では基本的に耕しません。なぜか?

「耕さなくてもいい」ではなく「耕さない方がいい」からです。なぜか?

いろんな理由があげられます。でもまあやってみてください。わかりますから。(最低5年は続けてください)

人智には限界がありますが、自然界のバランス機能には限界がありません。

私たちはのできることは、寄り添うことだけ。

自分が自然界のバランスの中に参加するだけ。

それで全てうまくいきます。

農的暮らしとは関係なさそうなことまでうまくいく。

自然と溶け合うことを意識するだけで。

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